確固とした結婚の制度

ところで、彼がモルガンの原始乱交-集団婚説をうけいれるためには、一派の学者たちと論争せねばならなかった。
当時すでに、乱交制の理論を否定しようという動きが、学界のなかにあらわれていたからである。
この一派の人麦は、わたくしたちの祖先がはるか昔に乱交的な性生活にふけっていたということを、
人類にとっての恥ずべき汚点とかんがえ、このような乱交の段階を人類の歴史のうえからとり去ってしまいたいと願っていたのである。

このような願望のもとに、パッホーフェンやモルガンの理論に反対しようとした人炎は、動物を引きあいにだし、低級動物はいざしらず、
いやしくも高等な動物は、雌雄の間に秩序だった性生活-ときには一夫一婦的な配偶関係-をいとなんでいると主張し、
原始段階の人類にあっても、それゆえ当然、確固とした結婚の制度があったと論じたのである。
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だから、エンゲルスが原始乱交制の考えかたをとりいれるには、まずもってこのような反論を批判しておかねばならなかった。
そこで、彼はこういった。

「脊椎動物のもとでのわりに長期間におよぶ配偶の関係は、生理学的な原因によって十分に説明のつくことがらである。
たとえば、鳥類のもとでのそれは、卵を抱いて孵化するあいだ、雌が助けを必要とするということ、によって説明されるのだ。
しかも、鳥類において承られる忠実な一夫一婦制の事例は、人間にとって何の証拠にもならない。
というのは、人間はまさしく、鳥類からでたものではないからだ。


出典:結婚相談所 選び方
FF106_L


結婚と家族の歴史

だが、このような発展の上での偏(かたよ) りを認めながらも、
モルガンは、結婚と家族のもろもろの形態が一定の歴史的な発展の段階に
それぞれ位置づけられるということを、説いたのであった。
いずれにしても、彼は、わたくしたちが現にいとなんでいるような一夫一婦制の家族が、
人類の結婚と家族のながい歴史のうちでは、まだ新しい時代にぞくしているということをあきらかにしたのである。
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社会主義者にひきつがれたモルガン理論
さて、モルガンの「古代社会」には、紹介するに価する重要な点がまだ多くふくまれているが、
ここでは一応、これだけにとどめておこう。モルガンの乱交と集団婚についての学説は、
その後の進化主義派の人類学者によってうけつがれてゆくが、人類学をとくに専門には研究しておらない社会主義者たちによっても、
たかい評価をうけたのである。とりわけ、ドイツのマルクス、エンゲルスならびにベーベルがそうであった。

経済学をはじめとして社会科学全般において大きな仕事をしたカール・マルクスは、
一八八○年の一二月から翌年三月にかけて、モルガンの「古代社会」をよんで、その本のくわしい抄録をさえこしらえていた。
自分の独自な立場から、この本をドイツ人に紹介しようという考えをいだいていたからである。
だが、そのメモは、彼の生前中、一冊の本としてかきまとめられることなく、のこされた。
しかしながら、マルクスがのこしたこの仕事は、その同志エンゲルスによってなしとげられた。

出典:出会い系 サクラいない
FF132_L


一夫一婦制への道程

このような対偶婚から、モルガンによると、一夫一婦制があらわれたのであった。
だから、人類の結婚の歴史から象ると、一夫一婦制は最後の段階に位置づけられたわけだ
すなわち、「乱交」にはじまり、異なった世代との結婚の禁止によって「血縁家族」があらわ
れ、さらに兄弟姉妹婚の禁止によって「。フナルア家族」へとすすみ、そして集団婚が解体して一
人の男と一人の女との結合がでてくることによって「対偶婚家族」ができあがり、そして最後に
「一夫一婦制家族」が登場したのである。モルガンはこのような幾段階にわたる人類の結婚の
発展史を考えだしたのであった。
相性が合う結婚相手をでみつければ、夫婦間に問題が生じて
解決するためにここに書いたような大変なことをしないで済むかもしれません。

だが、ここでみのがしてならないことは、どこでもつねに、これら一連の発展段階がたどられ
たとは、モルガンも考えなかったということである。彼は、いくつかの部族が、自分たちよりも
進歩した他の部族に先だって、より進化した家族の形態にたどりついていたということを、認め
ているのである。たとえば、「イロクォイ族は未開時代の下層状態にある間に対偶婚家族を有し
ていたのに、すでにその中層状態にすすんでいたブリトン人は、まだプナルア家族を有していた
のだ」と。

それゆえ、エンゲルスは右の木のなかでも、乱交を説明してこういうのだ。.部族の内部での無制限な性交がくりひろげられた結果、
すべての婦人はすべての男子に、すべての男子はすべての婦人に、平等なかたちで属していたのだ」-と。

FF113_L


夫婦の関係

このような夫婦の関係は当然、「当事者の気のむく間だけつづく」ものであって、
それ以上におよぶものではなかった。夫婦は勝手にその妻をおいだし、
他の妻をめとることができたのであり、しかもそのことは当然のことと一般に認め
られていた。また逆に、妻もその夫とわかれて、ほかの男と結婚することも自由にできた。
このように〃気のむく間だけつづく″という夫婦関係のもろさこそが、
この対偶婚がのちの一夫一婦制的結婚とことなる主要な特徴なのだ。

怠惰なお婿さんこそ禍あれ

もっとも、夫婦の間がつめたくなって、家出したり、逐いだされたりするのは、妻ばかりとはいえない。
むしろ、母権制がまだ一般的なこの段階では、結婚の際に夫が妻のところに移り住むという形式
-この形態の結婚を人類学者は「妻方居住の結婚」とよんでいる-をとっているぱあいが多く、
それゆえ、逐いだされるのも、そのぱあいには、亭主のほうである。
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彼が家のなかにいかに多くの子供をもって
いようと、いかに多くの個人の持物をもっていようとも、おかまいなしに、いつなんどきでも、
彼は、自分の荷物をまとめてすぐに出て行くようにと、命令されるかもわからないのである。
モルガンは、長年にわたってインディアンのセネカ族のもとで宣教師をしていたA・ライト氏から、
つぎのような面白い報告をうけとったという。

「セネヵ族の家族についていうと、彼らがまだ古い共同の長屋に住んでいた時代には、そこで
はつねに一つの氏族が重きをなしていて、女子は自分の夫を他の氏族から迎えていた。……貯蔵・
物は共有であった。

参考:出会いがない 社会人 FF116_L


個別的家族

では、プナルア婚の段階から、このような対偶婚が、どうしてあらわれるようになったのであろうか。
モルガンによると、プナルア婚のうちにも、一人の男と一人の女との間の「対偶」的な関係がすでにふくまれていたのである。
「男子がもっている数人の妻のうちには、一人の主要な妻があり、女子の有している数名の夫のうちにも、一人の主要な夫があった」のだと。
つまり、男とその主要な妻との関係や、女とその主要な夫との関係が前面にあらわれ、他方、男とその副次的な妻との関係や、
女とその副次的な夫との関係が衰えると、「・フナルァ」的な集団婚も、しだいにこの対偶婚へと移っていったのであろう。モルガンはこう考えたのだ。
なるほど、この対偶婚においては夫婦は一つのある程度個別的家族を形づくってはいるが、しかし、モルガンによると、
「恋愛の情熱は、彼らにはしられていなかった」のであり、男は「愛情から妻を求めたのではなかった」。
結婚は、「便宜と必要に基づくもの」であったのであり、実際、母親たちが勝手に子供たちの結婚を取り決めたのであると。
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エンゲルスは、この書物のなかでは、動物に関する資料からただちに原始期の人間の社会のありかたをおしはかることをさけたのであるが、
しかし、その書物をかく一年前にカウッキーにあてた手紙のなかでは、「共有の存するところでは、それが土地のそれであるにせよ、
女子のそれであるにせよ、あるいはその他のもののそれであるにせよ、必ずそれは原始的であり、
動物界からうけつがれたものであります」と、したためているのである。


出典:結婚相談所 比較 FF095_L


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